東京→呉の日帰り旅行~『この世界の片隅に』のロケ地を巡る

[記事公開日]2017/01/08
[最終更新日]2017/12/05

大好きなのん(本名:能年玲奈)が声優として主演する『この世界の片隅に』を見て以来、呉に行きたいと思っていた。

しかし、12月はもう宮崎1泊那覇1泊と2回旅行している。泊まりで行こうとすると最短でも来月以降になってしまう。

うーん、そしたら、日帰りで行けばいいんじゃね?」と思いたち、妻に許可をもらって、12月28日に決行することにした。

呉は、広島空港からバスで1時間。

旅行前日に、羽田⇔広島の航空券を手配。

  • ANA675便(羽田-広島)10:55広島着
  • JAL266便(広島-羽田)19:45広島発

現地滞在時間は、最大8時間50分。

ANA便は、手持ちのANAマイルをANA SKYコインに交換して、支払い。ほぼ満席だったため、座席指定ができなかった。スーパーフライヤーズデスクに問い合わせたところ、当日の6:30からANAプラチナ、スーパーフライヤーズ会員向けに座席が開放されるとのこと。当日開放席に期待。機窓風景眺めるのが好きなのよ。

JAL便は、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のマイルを使って予約。「マイルを使った特典航空券は、搭乗日4日前が締め切りでは?」と思われるかもしれないが、「BAマイル→JAL国内線特典航空券」は搭乗日当日でも予約可能。

ANA SKY コインで取ったANA675便(羽田-広島)の普通席

起床は5:50。

6:30過ぎにスーパーフライヤーズデスクに電話。窓側席に変更をお願いする。最前列が空いていた。ラッキー。

今回は泊まりではないので荷物が少ない。スーツケースはなく、リュックのみ。電車で空港まで行くことにした。

7時過ぎに電車に。Twitterを見てたら、以下のニュースを見つけた。

戦時下の広島を描いたアニメ映画「この世界の片隅に」の舞台となった広島県呉市と広島市のロケ地マップを、監督の片渕須直氏らが作製した。映画のタッチで描かれたイラストが多数あしらわれた「絵地図」で、両市の観光案内所などで無料配布中だ。

「この世界の片隅に」監督らロケ地マップ作製 無料配布:朝日新聞デジタル

呉市内では、くれ観光情報プラザ、ヤマトギャラリー零、大和ミュージアムで配布しているそうだ。これは是非ゲットしてこよう。

新宿-品川の山手線が混み混みで体力奪われる・・・幻のエイトライナー構想はよ。

8:50頃に羽田空港に到着。もう帰省ラッシュが始まっているようで、何時になく人が多い。

ANA PREMIUM CHECK-INの前には門松が飾ってあった。

年末の羽田空港のANA PREMIUM CHECK-IN

ANA PREMIUM CHECK-IN内の保安検査にも行列ができていた。しかし、ここに並んでいる人、みんな上級会員なのかね?関係ない人も紛れ込んでる気がする・・・

優先搭乗。

66番搭乗口のANA675便

最前列。

ANA675便の普通席

ファミリー客が多い。

機内で『この世界の片隅に』のサントラCDをダウンロードして、気分を盛り上げる。

『この世界の片隅に』のサントラCD

ほぼ満員ということで出発が10分くらい遅れた。

白波を見ると「うさぎがはねよる」を思いだす。

東京湾の白波

富士山も一瞬見えた。

ANA675便から富士山

この日は空が凄く澄んでて、空港もきれいに見えた。

ANA675便から羽田空港

東京の都市の建物の稠密さもきれいに撮れた。コンクリート・ジャングル凄いね。

ANA675便から東京の都市

富士山は反対側だったので見られなかったが、南アルプスが見えた。

ANA675便から南アルプス

南アルプスを超えると、天竜川沿いに伊那谷が広がる。この伊那谷の奥には諏訪湖がある。

ANA675便から伊那谷

その後は、『広島県謎解き散歩』という本を読んでいた。

10時54分に広島空港に着陸。広島空港にホテルあるんだね。

広島エアポートホテル

飛行機を出たのは11時6分。定刻より10分遅れ。

今回はスーツケースを預けていないので、荷物引取所をスルー。

広島空港からシャトルバスで呉市内へ

呉市内までのシャトルバスのチケットを買おうとしたが、うーん、空港から広島行きは便数が多いけれど、呉行きはほとんどないんだね。

広島空港発バス時刻表

25分位空港で待機。しっかし、今日の広島はとても寒い。

呉市内までのバス運賃は片道1,340円、往復で2,300円。往復チケットを購入。

広島空港から呉市内へのバス運賃

シャトルバスに乗車。景色が見えやすい最前列を確保。

呉市内行きシャトルバスからの景色

昼飯は「呉焼き」を食べたいね。バス内にあった「呉グルメマップ」というチラシと食べログを見て、昼飯場所をサーチ。「多幸膳(たこぜん)」という店に決めた。

記憶によれば、山陽自動車道-東広島・呉自動車道というルートで、阿賀ICへ。そこから、呉市内とは反対側の新広駅へ向かっていったので、少し動揺した。

阿賀ICと呉市と新広駅の位置関係は下図参照。

呉市と新広駅の位置関係

なお、新広駅の南東に、王子製紙の呉工場王子物流の広大な敷地が広がっているが、ここは、北條円太郎がエンジン技師として勤務していた第11海軍航空廠(1941年に広海軍工廠から航空機部が独立)があった場所のようだ。

参考:広海軍工廠 – Wikipedia

下の写真は、その新広駅から呉市内に向かう途中のもの。もうすぐ呉市中心部だというのに目前に山(休山)があって驚いた。この後、休山トンネルを通って呉市中心部へ入る。

新広駅から休山

休山トンネル

「本通3丁目」のバス停から「れんが通り」へ

「多幸膳」は、終点の「呉駅前」よりひとつ手前の「本通3丁目」で降りたほうが近そうなので、「本通3丁目」のバス停で降りた。

本通3丁目のバス停

本通3丁目の交差点。奥に「花見橋通り商店街」。

本通り3丁目の交差点

交差点から北東方向に目を向けると、山が。あれが灰ヶ峰か?!

本通り3丁目の交差点から灰ヶ峰

花見橋通り商店街をまっすぐ行くと、すぐにアーケードになっている「れんが通り」にぶつかる。そこを左に行くと、「多幸膳」があった。

素通りしてもう少し南に。

「これぞ呉」って感じの喫茶店を見つけた。

呉の昴珈琲店

この「昴珈琲店」から先の駅方面にはアーケードにはなっていない。

「多幸膳」に戻る。

「れんが通り」はちょうど路面工事中であった。

工事中の呉のれんが通り

多幸膳で呉焼き

多幸膳の入口。

お好み焼・たこ焼 たこぜん (多幸膳) – 呉/お好み焼き [食べログ]

呉の多幸膳の外観

テーブル席と小上がりがあったが、小上がりへ。

メニュー。

呉の多幸膳のメニュー

ここはやはり「呉焼きそば」で。一応、店員さんに「広島風お好み焼きとどう違うんですか?」と聞いたら、「呉焼きは二つ折りになってて、当店独自のピリ辛味噌が入っている」とのこと。

「お皿にしますか?鉄板にしますか?」と聞かれたので、より雰囲気が出る鉄板に。

漫画本がいっぱい。

呉の多幸膳の漫画本

寝不足なので、飲酒するかどうか迷ったが、地ビールに惹かれて「海軍さんの麦酒」を。

呉の多幸膳の海軍さんの麦酒

待つこと10分。来た。

呉の多幸膳の呉焼きそば1

呉の多幸膳の呉焼きそば2

呉の多幸膳の呉焼きそば3

テレビドラマ版『この世界の片隅に』ですずさんを演じた北川景子さんも来店したらしい。

北川景子が来店した呉の多幸膳

この後、タクシーを拾って、北にある「三ツ蔵」に行きたい。

店員さんにタクシーが拾える場所を聞いたら、店を出て、すぐ左のアーケードの入口でタクシーが停まっているという。

長ノ木の三ツ蔵

タクシー運転手に「三ツ蔵」と言っても通じないだろうから「旧澤原家住宅」と伝えたが、それでも通じなかったので、地名(長ノ木)を伝えて、あとはGoogle Mapsのルートを元にナビをした。

ここで降ろしてもらった。「国重要文化財 旧澤原家住宅」の案内板がある。

呉の三ツ蔵1

立派な家が出現。

呉の三ツ蔵2

進んでいくと、なまこ壁の蔵が見えてきた。

呉の三ツ蔵3

これか?これだっけ???

呉の三ツ蔵4

三ツ蔵。すずさんが北條家から呉市街地に出る時に登場する建物だけど、これじゃなかったような・・・

三ツ蔵と奥の蔵の間に階段があったので降りてみた。

呉の三ツ蔵5

あ、あった(笑) なんだ、反対側を見てたのか(笑)

呉の三ツ蔵6

呉の三ツ蔵7

1945年7月1日の呉市街地を襲った無差別焼夷弾爆撃によって、市街地は灰燼に帰してしまったようだが、山裾の旧澤原家住宅や蔵は無事だったようだ。

三ツ蔵の前にあった二つの史跡案内。

呉の三ツ蔵の史跡案内

澤原家というのは、「江戸時代後期に、庄屋・割庄屋を、明治以後は安芸郡長、貴族院議員、呉市長等を努めた」旧家とのこと。

また、旧澤原家住宅は、宇都宮黙霖(うつのみやもくりん)という尊王思想家の終焉の地でもあったようだ。「特に吉田松陰には、激しい書簡のやり取りによって大きな影響を与え、明治維新の陰の力になったとも言われています。」というのは興味深いね。是非その書簡のやり取りを見てみたい。

ここに来る前は、「『この世界の片隅に』の聖地巡礼の人がいっぱいいたら、一人で来ている俺恥ずかしいな」と思っていたが、一人もおらず、要らぬ心配だった(笑)

三ツ蔵の前。

呉の三ツ蔵前の路地

少し南側に歩いていって、三ツ蔵に戻ってきてみたら、一人だけ写真撮ってる女性がいた。

『のん、呉へ。2泊3日の旅』に、「三ツ蔵の脇にある石段を上って、建物の裏手にまわると、素敵な路地を発見!」とあったので、私も行ってみることに。

『のん、呉へ。2泊3日の旅』
のん、呉へ。 2泊3日の旅

さっき降りてきた階段を上がる。

呉の三ツ蔵脇の石段

そこから左方向へ。

フォトブックで見たのと同じ光景が現れた。数ヶ月前、のんちゃんもここを歩いたのね(笑)

呉の三ツ蔵の裏手の路地1

呉の三ツ蔵の裏手の路地2

山裾に立っているので、道を挟んで上と下の住宅の高低差が凄いことになっている。

呉の三ツ蔵の裏手の路地3

しかし、ここは完全な住宅街。この細い路地をiPhone片手に歩いていたら、通りがかった老婆にすごく不審がられた・・・

さて、次は、近くに「メロンパン」という店名の有名なメロンパン屋さんがあるようなので、行ってみよう。

長ノ木→朝日町→本通7丁目

三ツ蔵があった場所は「長ノ木」という地名だった。そこから呉市医師会館前を通って、「メロンパン本店」まで行ったのだが、呉市医師会館がある場所の地名は「朝日町」であった。

呉市医師会館

朝日町と言えば、『この世界の片隅に』のなかで、リンさんが働いていた遊郭があった場所だ。

おもわず、遊郭の痕跡を求めて歩き回ったが、それらしきものは見つからなかった。映画では、朝日町は1945年7月1日の空襲で瓦礫の山となっていたからあるわけ無いか・・・

この堺川を越えると、町名が本通7丁目に変わる。

呉の堺川

堺川を超えたところに「くれまち珈琲 とうせんば」という喫茶店があった。ちょっと気になるが素通り。

呉のとうせんばの外観2

本通りに出ると目の前に「メロンパン本店」が見えた。

呉のメロンパン本店の外観(遠景)

メロンパン本店

本通7丁目の歩道橋の上から。

山側。

本通7丁目の歩道橋1

駅側。左折する道路の先は、呉市内に来る時に通った休山トンネルだ。

本通7丁目の歩道橋2

カラーリングからしてメロンパン。面白かったので、今月、「コンビニのメロンパン比較記事」を寄稿してくれた女性に写メった(笑)

呉のメロンパン本店の外観(近景)

中央のテーブルに残っていたメロンパンと思しきものを2個買って、お土産にしたのだが、翌日食べてみたら、「チーズクリームinレモン」だった。

「メロンパン」のメロンパン食べたい(´・_・`)

「メロンパン本店」の精算機が先進的だった。

呉のメロンパン本店の精算機

くれまち珈琲 とうせんば

多幸膳で「海軍さんの麦酒」を飲んだ後、寒い中歩き回ったので、トイレ行きたくてたまらない。

メロンパン本店」に来る時に見かけた「とうせんば」という喫茶店に行くことにした。

とうせんば – 呉/コーヒー専門店 [食べログ]

呉のとうせんばの外観1

入って右手に厨房。奥にテーブル席が一席あった。2階もあった。

2階へ。和室が広がっていた。靴は畳の前で脱ぐ。

呉のとうせんばの和室

ブレンドコーヒーを注文。

呉のとうせんばのブレンドコーヒー

コーヒーを持ってきてくれた時に、店主に「この辺が昔遊郭だったのかどうか」聞いてみようかとも思ったが、気を悪くしたら嫌だなと思って、やめた。

呉滞在時間も長くないのでササッと飲んで切り上げる。

次は『のん、呉へ。2泊3日の旅』にも紹介されていた「両城の200階段」ってところに行ってみよう。

三ツ蔵に行く時に乗ったタクシーのレシートを見て、呉市医師会館前に配車手配。

会計時にやっぱり聞いてみようかなと思ったが、入店時にはいなかった女性のお客さんもいたので、やめた。

タクシーに乗車。

運転手に思い切って、「この辺って遊郭だったんですか?」と聞いてみた。運転手は「そうそう」と。

「どの辺がメインストリートだったのか?」と聞いてみたら、先ほどの呉市医師会館前の交差点から東の部分とのことなので、思わず降ろしてもらって写真を撮った。

朝日町の遊郭があった通り1

とはいっても、運転手が物心ついた頃にはもう遊郭はなく、全て伝聞とのことだが。

『この世界の片隅に』というアニメ映画があって、その中の登場人物の一人が朝日町の遊郭で働く女という設定だったんだと説明した。

今西通りとの交差点(相生橋西詰)を西に行くと、急に飲食店が増える。今西通りが、娑婆と遊郭(朝日町)の境目になっていたのかもしれない。

[後記] くれ観光情報プラザで貰ったロケ地マップ画像)によると、すずが砂糖を買いに行った闇市の名前が「東泉場(とうせんば)」となっていた。なるほど、喫茶店「くれまち珈琲 とうせんば」は「東泉場」に由来するんだね。でも、「くれまち珈琲 とうせんば」があった場所は、かつて「東泉場」と呼ばれた場所ではないからややこしい。
なお、『この世界の片隅に』の世界観とはパラレルワールドだが、深作欣二監督の『仁義なき戦い』では、1946年の呉の闇市からヤクザ同士の「仁義なき戦い」がスタートする・・・

両城の200階段

フレンドリーな運転手と話しながら、両城の200階段へ向かう。

両城の200階段の上には両城中学校があり、運転手はそこの中学に通っていたのだとか。

ここで降ろしてもらった。「これが両城の200階段?」と聞くと、そうだと。

両城の200階段ではない階段

右下にあるのは呉空襲を体験した防空壕とのこと。今は資材置き場になっていた。

両城の防空壕

「よーし頑張るぞー」と登っていったら、民家にぶつかった(笑) 運転手さんちょっと(笑)

本当の両城の200階段は写真のもう少し右側にあった。

両城の200階段の入口

両城の200階段の案内板

脇の案内板によると、映画『海猿』で潜水士たちの訓練シーンに使われたとのこと。愛媛県松山市の伊佐爾波(いさにわ)神社の石段を思い出した。映画『がんばっていきまっしょい』でボート部員たちの訓練シーンに使われた階段だ。

「当時、呉市の平坦部は、軍の土地使用になっていたため、新しく来られた海軍関係者や職工さんをはじめとする住民の居住場所は、急傾斜地区が中心となりました」ともあった。なるほど。

さて、気を取り直して再チャレンジ。

凄い急階段。

両城の200階段1

両城の200階段2

まだ50段くらいしか登ってないと思うが、既にして充分良い眺めだ。下に見える青い芝生は両城小学校の校庭のようだ。

両城の200階段からの眺め1

両城の200階段からの眺め2

上に誰かいるぞ。

両城の200階段3

また少し登って振り返ったところ。ふらつくと危ないぞ。

両城の200階段からの眺め3

小学生たちが社会科実習をしていた。「上にまだ何かある?」と聞いたら、「海が見える。墓だけど」とのこと(笑)

両城の200階段からの眺め4

一番上まで登ったぞ。山の頂上の白い部分は灰ヶ峰気象レーダー観測所のようだ。

両城の200階段の頂上からの眺め

小学生が言っていた墓からの眺め。呉港が望めてジーンと来た。

両城の200階段から呉港

この急坂を降りるのは膝に負担をかけそう。

タクシー運転手が、階段の上の両城中学校にもタクシーで行けると言っていたので、両城中学校まで配車手配した。

10分以上待った。寒かった。

両城中学校

「アレイからすこじま」から潜水艦・駆逐艦を見る

タクシーに乗り込むやいなや、運転手が腹の底からしぼり出すような声で「はぁ~、大変だった」と。

狭い急坂を苦労して登ってきてくれたらしい。私が思ってた以上に大変だったみたいだ。申し訳ない。

現在の時刻は15:45。「アレイからすこじま」までの所要時間を聞く。10分位とのことなので向かってもらった。「帰りはタクシーは捕まえづらいですよね」と言ったら、「メーター止めて待ってますよ」とのこと。ありがたい。

両城小学校がある通りから、先ほど登った両城200階段が見えたので、写真撮影のため降ろしてもらった。「せっかく来たんですから、是非撮ってきてください」とのこと。

両城小学校越しに両城200階段を撮影。しかし、凄い崖だな。

両城小学校から両城200階段1

両城小学校から両城200階段2

タクシーに戻ると、「自衛隊の方ですか?」と聞かれた(笑) 「いや、違います。旅行で来ました」と。

「一人で?彼女連れてくればよかったのに」と。「いやぁ、妻は仕事で子どもたちは学校なんで一人で」と言ったら、「結婚してたんだ・・・」と小声で言われた(笑)

「何泊されるんですか?」と聞かれたから、「いや、日帰りで」と応えたら、「ぷぷぷぷぷ」と笑っていた(笑)

大変な思いさせて崖の上まで来てもらったから不機嫌なのかなぁと思っていたが、そんなこともなく、人懐っこいおっちゃんであった。そのうち、今年の春から東京で一人暮らししている娘のことを語りだした(笑)

「アレイからすこじま」に行く途中、IHI系列のジャパン・マリンユナイテッドの造船所、戦艦大和を建造したドックがあった。

「アレイからすこじま」に近くになると、海上自衛隊の駆逐艦、潜水艦が見えて興奮。

到着。「潜水艦桟橋」ってなんか凄い。

海上自衛隊呉基地の潜水艦桟橋

潜水艦に護衛艦。潜水艦を見るのは初めてだ。潜水艦から吹き出る水蒸気が物々しい。

海上自衛隊呉基地の潜水艦・護衛艦1

艦番号から、手前が小型護衛艦「あぶくま」(DE-229)、奥が護衛艦「うみぎり」(DD-158)と分かる。

海上自衛隊呉基地の潜水艦・護衛艦2

海上自衛隊呉基地の潜水艦・護衛艦3

なお、今ここにいる。

海上自衛隊呉基地の位置情報

最寄りのバス停は「潜水隊前」。

潜水隊前のバス停

遊歩道を移動しながら、色々撮影した。

海上自衛隊呉基地の潜水艦

音響測定艦「ひびき」(AOS-5201)。

海上自衛隊呉基地の音響測定艦

15分位滞在した。

タクシーに戻って、先程見てきた戦艦大和建造ドックが見られるところに行ってもらう。

「歴史の見える丘」から戦艦大和建造ドックを見る

「歴史の見える丘」近くで降ろしてもらい、国道487号線の「子規句碑前」のバス停付近から戦艦大和建造ドックを撮る。巨大すぎて全貌が映らない。

ジャパン・マリンユナイテッドのドックでは大型船が建造中(?)であった。

戦艦大和建造ドック1

戦艦大和建造ドック2

歩道橋を渡って、「歴史の見える丘」に。

歴史の見える丘から戦艦大和建造ドック

右に「澤原為綱翁之像」が見える。

1839-1923 明治-大正時代の公共事業家。

天保(てんぽう)10年7月19日生まれ。広島県安芸(あき)郡長,同郡所得税調査委員などをへて,明治23年貴族院議員。大阪築港,小樽築港,広島市の上水道敷設などにつくした。大正12年4月8日死去。85歳。安芸(広島県)出身。

沢原為綱(さわはら ためつな)とは – コトバンク

だそうで、昼間見た「三ツ蔵」(旧澤原家住宅)の所有者の家系の人みたい。

「噫(ああ)戦艦大和塔」。左が戦艦「長門」の主砲の徹甲弾、右が「大和」の主砲の徹甲弾。大和の徹甲弾は直径46cmで長さ1m98cm、最大射程は42kmという。

噫(ああ)戦艦大和塔

時刻は16:45。日が暮れてより寒くなってきた。

タクシーに戻り、呉駅方面に向かう。

大和波止場

大和ミュージアムのすぐ隣の大和波止場前で降ろしてもらった。

大和波止場1

大和波止場というのは、下の案内にもある通り、戦艦大和の前甲板の左半分を実寸大で再現したもの。

広大である。フットサルコート何面取れるかな?と考えていた。

大和波止場2

大和波止場3

大和波止場の最先端まで行って、夕暮れの呉湾を眺める。

夕暮れの呉湾

「大和ミュージアム」に「てつのくじら館」。また今度家族で来たときにでも伺おう。

大和ミュージアム

てつのくじら館

大和ミュージアム前にあるのは、室蘭の日本製鋼所で製造され、戦艦「陸奥」に搭載された41センチ主砲身とのこと。

戦艦「陸奥」41センチ主砲身

※2017年11月に見た『ブラタモリ 室蘭』によると、室蘭に日本発の民間兵器工場が作られたのは、「砂鉄」(原料)「石炭」(燃料/夕張から供給)「良港」という3条件が揃ったからとのこと。

時刻は17:05。広島空港行きシャトルバスの呉駅前出発時間は17:40。歩いて駅に向かう。

くれ観光情報プラザで『この世界の片隅に』ロケ地マップを貰う

そういえば、くれ観光情報プラザで配布しているという『この世界の片隅に』のロケ地マップをまだ貰ってなかった。貰いに行かないと。

足早に歩いて、くれ観光情報プラザに向かう。しかし、Google Mapsに表示された場所に存在しない。と思ったら、1フロア上の自由通路(JR呉駅2階と大和ミュージアムを結ぶ)にあった。

くれ観光情報プラザの中は暖かい・・・(*´ェ`*)

入室すると、こうの史代が描いた呉観光ポスターが。右のポスターは、周作さんと径子さんがまだ幼かった頃の絵だ。

呉観光情報プラザ内の『この世界の片隅に』のポスター

モニターには『この世界の片隅に』が映されている。

呉観光情報プラザ内のモニター

係員に「東京から来たんですけど、ロケ地マップ下さい」と伝えたら、すぐに貰えた。空港行きシャトルバスが出る場所も教えてもらう。

駅に向かう。

自由通路から呉駅のホーム。

自由通路から呉駅のホーム

駅構内を通って、北側に。

呉駅の北側

シャトルバスで広島空港へ向かう。

ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のマイルで取ったJAL266便(広島-羽田)の普通席

18:40に広島空港に到着。

帰りのJAL266便は、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のマイルで予約した。

詳しくは、「BAマイル→JAL特典航空券のメリット・デメリットを読んでいただきたいが、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のマイルでJAL便を予約すると、

  • 少ないマイル数で予約できる(BAマイルなら4,500マイルで予約できるところ、JALマイルだと7,500マイル必要)。
  • 搭乗日当日でも予約できる(JALマイルだと、搭乗日4日前までに予約が必要)。
  • 特典航空券予約時に数百円の「税金、手数料、諸費用」が必要となるが、この費用をクレジットカードで払うと「利用付帯」の国内旅行傷害保険をセットできる。
    参考:国内旅行傷害保険が自動付帯するクレジットカード一覧

といったメリットがある。

一方、デメリットとして、

  • 座席指定が少し面倒。
  • 必ずJALのカウンターに寄る必要がある。

があるが、メリットの方があまりに大きい。

広島空港到着後、すぐにJALのカウンターに行って、座席指定をお願いした。最優先は「隣がいない座席」。空いていた。クラスJに空きがないか尋ねたが空席待ちだった。

お土産にアンデルセンの「瀬戸田レモンケーキ」と「あたらしもみじ」を購入。

JAL CLUB-A ゴールドカードで入室できる「ビジネスラウンジもみじ」は気になったが、それほど時間がなかったので利用しなかった。

広島空港ビジネスラウンジもみじ

通路挟んで、遠目からの撮影なので上手く撮れなかったが、このJAL266便が2016年のラストフライト。

JAL266便の機材

流石に疲れたので音楽聴きながら寝ていた。

羽田空港からはタクシーを使うかどうか迷ったが・・・節約のため使わず。

電車を乗り継いで、23時前に帰宅。

家族がまだ起きていたので、お土産を食べながら土産話をした。

2016年の旅はこれで終了!

なお、翌月、『この世界の片隅に』ロケ地探訪で、今度は広島市を訪れて、江波で初広島風お好み焼きを食べたり、『夕凪の街 桜の国』の舞台となった基町アパートを訪れたりしている。是非こちらもご覧ください。

呉日帰り旅行でかかった金額

最後に呉日帰り旅行でかかった金額をまとめておく。

行きのANA675便はANA SKY コイン、帰りのJAL266便はブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のマイルで手配したので、トータルで16,354円しかかからなかった。

項目 店名 金額
食費 多幸膳 1,470円
メロンパン 340円
とうせんば 500円
交通費 電車(最寄り駅→羽田空港) 830円
エアポートバス「呉広島空港線」 2,300円
なべタクシー 730円
なべタクシー 1,350円
なべタクシー 3,780円
電車(羽田空港→最寄り駅) 830円
日本交通 1,270円
お土産 にしき堂 1,140円
福屋ショップ 1,814円
合計 16,354円

[補遺] 絵本『とうせんばからのてがみ』(よこみちけいこ)

「とうせんば」という変わった地名の由来を調べていたところ、呉市のタウン誌「くれえばん」(2015年7月号)に『とうせんばからのてがみ』という絵本が掲載されていると知り、取り寄せてみた。

呉市のタウン誌「くれえばん」

絵本『とうせんばからの手紙』は、呉市在住の絵本作家よこみちけいこさんの作品で、「とうせんば」に住むつやこが出征したお兄ちゃんに出す手紙を軸にした絵本。

とうせんばからのてがみの表紙

つやこのお兄ちゃんは「鬼ぃちゃん」ではなかったようで(笑)つやこに慕われていて、つやこはお兄ちゃんからの手紙の返事をとても楽しみにしている。 

呉空襲で焼けた家の跡から、つやこは「おにいちゃんのだいじにしとったこーひーかっぷ」を見つけるのだが、「もしかしたら『くれまち珈琲 とうせんば』という名前の由来に関係あるのかも!?」と思ってしまった。考えすぎか(笑)

うちの娘も一日の出来事をよく絵手紙にして教えてくれるので、つやことかぶって、ウルウルしてしまった。

さて、「とうせんば」という地名の由来だが、この絵本の中では、このように書かれていた。

とうせんばの由来1

とうせんばの由来2

また、「とうせんば」の場所についても説明があった。

とうせんばの場所

本通九丁目(呉シネマ跡地付近)から山手に向けて左にそれる狭い道(一間から一間半)の両側に並ぶ商店街は、本通り、中通りから朝日遊郭への通り道でもあったことから、大正期から昭和期にかけて賑わいを増していった。

を参考にすると、「とうせんば」とは地図上の赤い線で示したあたりか?

とうせんばの地図

よこみちけいこさんの絵本『とうせんばからのてがみ』。生き延びた晴美世代の呉戦災体験を伝えるものとして、『この世界の片隅に』を見られた方にも是非おすすめしたい作品。

なお、この絵本には原作があるようだ。杉山津矢子さんの『とうせんばと私 広島・呉 幻の商店街』(文芸社)という本だが、絶版の模様。

調べたところ、国会図書館、広島県立図書館、広島市立中央図書館には蔵書されている。

とうせんばと私 : 広島・呉 幻の商店街 (文芸社): 2005|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

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