ANA特典航空券で行く金沢・富山2泊3日旅行記 (3) 富山観光編

[記事公開日]2016/04/30
[最終更新日]2017/09/20

北陸旅行3日目。

1日目、2日目の旅行記もぜひご覧ください。

フロントからの「お部屋の掃除はどうなさいますか?」コールで12時前に起床。

前夜、桜木町で「ライトレールで港町に行くのも面白いね」なんて話をしていたが、この時間からだとそんな時間もなさそうだ。

司馬遼太郎『街道をゆく 4 郡上・白川街道、堺・紀州街道ほか』の、

越中の野は、鶴がつばさを大きくひろげたようにして富山湾を抱いている。野の中央に、呉羽山という低く細ながいナマコ形の丘陵が隆起しており、この平野の人文を東西にわけている
「呉東・呉西」などと、富山県ではいう。

という言葉が興味深かったので、越中平野を関東圏と関西圏に二分するという呉羽(くれは)丘陵に行くことにする。

ホテルの外、風の音が凄い。寒いのかな。気温を調べたら22度もあった。モンベルのスーパーメリノウールのシャツの着用は止めた。

ダイワロイネットホテル富山の前の風景。

ダイワロイネットホテル富山からの景色

フロントにタクシー配車を頼む。

富山を東西に二分する呉羽丘陵

神通川に掛かる神通大橋を渡って、富山市の西部へ。

呉羽丘陵に入ると急な坂道。ワインディングロードを進む。

wikipediaによれば、

呉羽丘陵は、全長約22kmにわたる「呉羽山断層」の西側が持ち上がってできた丘陵である。そのため、丘陵の西側はゆるやかな斜面になっているのに対し、東側は急斜面となっている

呉羽丘陵 – Wikipedia

展望所に来た。

立山開山伝説の人らしい佐伯有頼(さえきありより)の像があった。

呉羽丘陵から立山連峰2

そして、立山連峰。

呉羽丘陵から立山連峰1

呉羽丘陵から立山連峰2

昨日富山駅に降り立った時から、迫り来るような立山連峰にずっと驚きっぱなしである

『万葉集』の大伴家持(国守として越中国に5年間赴任した)の短歌に、

「立山に 降り置ける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし」

(立山に降り置いている雪は、夏のいま見ても見あきることがない。神の山だからにちがいない。)

というのがあるそうだが、気持ちわかる(笑)

歌の詳しい解説は、高岡市万葉歴史館web万葉集(巻17-4001)を参照。

Google Mapsを見ると、今いる呉羽丘陵が越中平野をがちょうど二分しているのがわかる。

越中平野を二分する呉羽丘陵

展望所の前に「呉仁館」という喫茶店があった。

トーストとコーヒーくらい飲みたい気分だったので寄りたかったが、タクシーを待たせておくのもなぁ、この場で帰すのももなぁと思い、寄るのはやめた。

呉羽山頂の呉仁館

佐伯有頼像と立山連峰。

佐伯有頼像と立山連峰

呉羽丘陵の南の方にある白鳥城址にも行ってみる。

呉羽丘陵の白鳥城址の地図

10分ほどで到着。

呉羽丘陵の白鳥城址の碑

上の方に何があるのか分からないが行ってみる。東出丸跡と書かれた眺望の良いスペースの椅子におばさん二人が座って雑談していた。

白鳥城址は、天正13年(1585年)、秀吉が富山城に篭もる佐々成政(さっさなりまさ)を攻めるときに陣を構えたところらしい。秀吉視点で、白鳥城址から富山城の方向を撮影。

白鳥城址から富山城の方向

まだ道が続いているが、下り道なのかもしれない。

おばさん二人に「この先何があるのか?」聞いてみたが、おばさんたちもここに来るのは初めてとのこと。

とりあえず行ってみる。

白鳥城址の山道

確かに、wikipediaにあったとおり、呉羽丘陵の東側は急峻だ。

白鳥城址の急峻な坂道1

二の丸跡。

白鳥城址の二の丸跡

白鳥城址の急斜面2

本丸跡。

白鳥城址の本丸跡

白鳥城址の説明

帰り際、まだ話していたおばさんたちに、険しい坂道の先に一応、本丸跡があることを教えた。

呉羽丘陵の西側のなだらかな斜面も見てみたかったので、西側の麓にあるカフェやカレー屋に何軒か電話してみたのだが、どこもランチタイムは終了していた。残念だが諦める。富山城の方に帰ることに。

タクシー車内で富山城周辺で軽くご飯が食べられる場所を探す。ちょうど富山城の前の富山第一ホテルのロビーで食べることにしよう。

神通川

富山城に向かう途中、右側に球場が見えた。富山大の隣だ。そして、市電は大学前で終点になっていた。

神通川を越える橋の上では立山連峰が眼前に。天気良ければ素晴らしく気持ちのいい光景だろう。

新大橋から立山連峰

なお、神通川というとイタイイタイ病を思い出すが、神通川の上流には岐阜県になるがスーパーカミオカンデがあるようだ。

スーパーカミオカンデと神通川が結びついていなかったので意外な感じがした。

後で知ったのだが、イタイイタイ病の原因は神通川上流の神岡鉱山から排出されたカドミウム。スーパーカミオカンデはその神岡鉱山内に設置されているそうだ。

神通川沿いのスーパーカミオカンデ

富山第一ホテルのラウンジでランチ

15時過ぎに富山第一ホテルのラウンジに。

クロワッサンサンドとコーヒー。

富山第一ホテルのラウンジでランチ

人が少なくて静かでよかったのだが、その後、おっさん集団が7、8人やってきて、でかい声でトークをしていてうるさかった。

iPhoneのバッテリーが後10%を切ってしまった。モバイルバッテリーを持ってきたつもりだったがなかった。

このまま富山城に行ったら、見学途中に電池切れになってしまいそうだ。ホテルも近いので取りに帰ることに。

料金は900円。

昨晩、ウーロン茶を満喫した桜木町のキャバクラ街を歩く。

富山の桜木町センタービル

マンホールのデザインがチューリップだった。

富山市のチューリップのマンホール

本願寺富山別院の門前町・総曲輪(そうがわ)を歩く

富山城に行く前に、ホテルの南側にある本願寺富山西別院が気になったので行ってみる。

本願寺富山西別院。

本願寺富山西別院

『富山探検ガイドマップ』によれば、本願寺富山西別院の敷地は富山城の外堀の内側のちょうど東南端にあたるようだ。

本願寺富山西別院の土地が周囲の土地より一段高くなっていたのはかつての土塁の名残か?

本願寺富山西別院の一段高い敷地

もう少し南に行くと路地裏にいい感じの飲み屋街が広がっていた。そしてその先にはアーケード街。総曲輪フェリオって施設はちょうど定休日だった。

富山のアーケード街

総曲輪フェリオ

さて、富山城に行こうかと思ったが、雨が降ってきた。予想を見ると更に強くなるらしい。そして、折りたたみ傘を持参し忘れた。

アーケード街で雨宿りをしながら、近くにコンビニないかと探したがなさそう。すぐ近くに「大和」という百貨店があるが休みだった。

と思ったら、目の前のメガネ屋の店頭でビニール傘が売っていた。購入。

富山東別院。

本願寺富山東別院

創立記念碑の解説を読む。東西の本願寺富山別院って江戸時代からあったものかと思ったが、明治時代に建てられたものなのね。

本願寺富山東別院の創立記念碑

さきほどの『富山探検ガイドマップ』によれば、

明治に入って総曲輪の堀が埋められ東西の本願寺別院が建てられると参詣人が増え、その門前町として総曲輪通りが賑やかに発展していきました。

昨日確認したように、改修工事前の神通川は富山城のすぐ北側を流れ、富山駅と富山城を分断していたようなので、本願寺富山別院の門前町のこの辺りが繁華街として発展したようだ。

時刻は17時前。富山城の博物館の入館時間は16:30締め切りらしい。目の前にANAクラウンプラザホテルがあるので、その最上階のバーから富山城を見ることで今回は手を打とう。次回だ。

ANAクラウンプラザホテル富山のスカイバーアストラル

ANAクラウンプラザホテル富山のスカイバーアストラル。

シャンパンとタイ風ソースのサテを注文。

ANAクラウンプラザホテルのスカイバーアストラルのシャンパン

富山城を見下ろす。

ANAクラウンプラザホテルから富山城1

タイ風ソースのサテは非常に肉質の悪い肉でまずかった。大失敗。

ANAクラウンプラザホテルのスカイバーアストラルのサテ

日が落ちて少し表情の変わった富山城。

ANAクラウンプラザホテルから富山城2

バーで1時間くらいゆっくりした。気がついたら18:10過ぎ。飛行機は19:35だから結構忙しいぞ。

会計したら6,120円もして「えっ?」。シャンパンが1杯2,020円もした。

ANAスーパーフライヤーズカードで会計したので、10%割引になった。

特典航空券で搭乗したANA322便の普通席

ホテルに戻り、大急ぎで準備。

タクシーを呼んでもらい、空港へ。さっきより雨が激しい。

タクシー車内で、妻がお土産に欲しがっていた白海老の刺し身を楽天で購入。

機材遅れで出発が15分遅れるという連絡が来ていた。ちょうどよかった。

空港に着いたらタクシーの明かりが少なく、人も少なく凄く閑散としている。北陸新幹線の影響すごい。

閑散とした富山空港

荷物を預けて、隣がいない席希望と伝える。

お土産屋さんへ。炊飯器が置いてあった(笑)

富山空港のおみやげ屋の炊飯器

隣がいないと普通席でも十分快適よ。

ANA322便の普通席

膝痛が心配だったが、北陸2泊3日旅行、無事終わって良かった。

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