ANA SFC修行 (7) 羽田-宮崎(NH603)プレミアムクラスと宮崎-羽田(NH3764)普通席

[記事公開日]2015/07/28
[最終更新日]2017/11/25

ANA SFC修行7回目の行き先は宮崎。

羽田-宮崎の往復でかかった費用、および、獲得したマイル、プレミアムポイントは以下の通りです。

46,830円で3,043プレミアムポイント獲得ですから、いわゆる「PP単価」は15,38円(46,830/3,043)です。

いつもよりPP単価が悪化しているのは、復路がプレミアムクラスではないからですね。NH3764便はソラシド エア運航便で、プレミアムクラスの設定がありませんでした。

利用日 便名 内容 クラス 運賃種別 費用 加算マイル ボーナス 合計 プレミアムポイント
5/26 NH 603 羽田-宮崎 S プレミアム株主優待割引運賃 25,990円 701 350 1,051 1,802
5/27 NH 3764 宮崎-羽田 Y 株主優待割引運賃 20,840円 420 210 630 1,241

NH603プレミアムクラス

6時50分にタクシーに乗車。事前に頼んでおいたkmタクシーの羽田空港定額タクシーです。

運転手が「今日は高井戸から乗った方が5分くらい早い」と言うのでそうした。いつもは三茶とか用賀から。

7時40分頃、羽田空港に到着。ANA PREMIUM CHECK-INへ。株主優待券を渡す。

羽田空港のANA PREMIUM CHECK-IN

トイレ行きたかったのでANAラウンジへ。ANAラウンジ、きれいなトイレが数多く設置されてるのがいいですね。プレミアムクラス乗る価値ある。伊右衛門飲んで休憩。

羽田空港のANAラウンジの伊右衛門

出発時間(8時40分)が迫ってきたので、57番搭乗口へ。機材繰りのため10分遅れとの事だったが、鳥がエンジンと衝突したため(バード・ストライク)、さらに遅れることに。

綾瀬はるかが主演した、ANA協力の映画『ハッピーフライト』で、空港周辺の鳥を威嚇射撃で追い払うバードさんという役があったなぁと思いだした。

バード・ストライクの影響で、結局、機材、搭乗口ともに変更になり、定刻50分遅れでの出発となった。

新しい搭乗口は502番のバスラウンジ。

機材はボーイング737から777(トリプルセブン)へ変更。前後のシートピッチ広いなぁ。

NH603のボーイング777のシートピッチ

737の2-2配置から777の2-3-2配置になったので、添乗員さんが広く使ってくださいと案内してくれた。通路側に座っていた隣の人は3列のところへ移動した。

機内食。NH621(羽田-鹿児島)で食べたPremium Gozenと全く一緒だ。あまり好きじゃないタイプ。しかも、向こう着いたらチキン南蛮食べるつもりでいたから、ほとんど食べずに残した。飲み物もお酒じゃなくて冷たいお茶にした。

NH603のPremium Gozen

おぐら瀬頭店でチキン南蛮

11時20分頃、宮崎ブーゲンビリア空港到着。

これがブーゲンビリアの花か。

宮崎空港のブーゲンビリア

個人タクシーに乗って、おぐら瀬頭店を目指す。道路の中央分離帯にヤシの木が植えてあって南国ムードが漂う。

タクシー運転手は、おぐらのチキン南蛮美味しいですよとおすすめしてくれた。あと、ちゃんぽんもおすすめと。

宮崎はプロ野球のチームがキャンプで使うので、野球関係者を乗せることも多いらしい。運転手は、個人タクシーの試験を受ける前に王監督を乗せたらしく、その時に「王監督の一番好きな言葉を色紙にサインしてください」と伝えたら「気力」と書かれたらしい。それは16年たった今でも大事にとってるとか。

先月、鹿児島空港で王監督に握手してもらった話もした。
参考:鹿児島空港のロビーで王貞治さんに遭遇!

「市内を走っているタクシーを捕まえて、定額タクシーをお願いした場合、1時間いくら位でやってくれるのか」聞いてみた。「わたしなら1時間3,500円ですかねぇ」とのこと。参考にする。

おぐら瀬頭店到着。ファミレスっぽいところですね。

宮崎市おぐら瀬頭店

一人なのに、かなり贅沢な席に通された。

おぐら瀬頭店座敷席

チキン南蛮キタ━(゚∀゚)━!

おぐら瀬頭店チキン南蛮

おぉ、ジューシーで美味しい。タルタルソースもさわやかな感じで美味いよ。
完食。お腹いっぱい過ぎて、しかも、ビールも飲んで眠くなってしまった。

お店の人にタクシーを呼んでもらう。外で待ってたら日差しが強すぎて思わず日陰に入ってしまうほど。

アリストンホテル宮崎

タクシー運転手にアリストンホテルと伝えたが、わからない様子だった。しょっちゅうホテルの名前変わっちゃうからなぁと。

アリストンホテルは旧ワシントンホテルらしい。ワシントンホテルと言った方が伝わりやすいようだ。

アリストンホテル宮崎外観

チェックイン時間1時間前だが、お金払ってもいいからアーリーチェックインしたいと伝えると、+800円で対応してくれた。

エレベーター乗ってびっくり。ここのホテルの最上階、総合レジャーサービスグループのクラブが入ってるじゃん。

アリストンホテル宮崎内のクラブバルカン

アリストンホテルの「上層階エグゼクティブ・シングル(デュベスタイル)」。狭い部屋だ。写真撮るのも難しいぞ。

アリストンホテル宮崎内のシングルルームのベッド

アリストンホテル宮崎内のシングルルームの廊下

トイレの電気がつかないので壊れているのかと思い、フロントに伝えたが、鍵を部屋の中にある鍵穴に入れて、回さないと付かないとのことだった。カードキーと一緒なのね。古い感じのキーだからそんなのに対応してるとは思わなかった。

ベッドに横になったら疲れがどっと出てきた。このまま横になっていたが、観光もしないと。

神武天皇を祭る宮崎神宮へ

13時半くらいにホテルを出て、タクシー捕まえて、1時間3,500円で定額タクシーをお願いしてみたが、1台目はノーノーと。2台目は「総額でいくら位で考えているか?」と聞かれたので、20,000円くらいと伝えたら、配車センターの方に聞いてみると。

「4時間くらいで2万2,3000円でどうですか?」と言ってきたので、高過ぎると思いやめた。宮崎空港からホテルまでのタクシーは「1時間3,500円くらい」と言ってたのにな。

じゃあ、どうしようかということで、宮崎神宮に行ってもらうことに。

13時45分頃、宮崎神宮到着。

宮崎神宮の鳥居

広大で参道が長い。

宮崎神宮の参道

いやぁ、しかい、暑い。私は前日にひげのレーザー脱毛の施術を受けたので日焼けはまずい。日焼けすると色素沈着しやすくなるらしいから。日焼け止めを塗ったよ。

宮崎神宮は神武天皇を主祭神として、相殿に御父君と御母君が奉斎されているとのこと。

宮崎神宮略記

売店に佳子さま表紙の『季刊 皇室』が。

季刊 皇室

本殿へ向かう。

宮崎神宮本殿へ1

今年は皇紀2675年。

皇紀2675年

宮崎神宮本殿へ2

宮崎神宮本殿へ3

戻ってきて、売店の対面の休憩所に『古事記』『日本書紀』に関する本があったのでしばらく読んでいた。

休憩所内に飾ってある書道大会の選出作品。上手過ぎでしょ。

宮崎神宮の書道

宮崎神宮内の地図。この一番左の駐車場にタクシーを停めてもらったのだった。

宮崎神宮内の地図

宮崎県護国神社

近くに護国神社があるらしいので向かう。山形城の霞城公園内にあった歩兵第32連隊の碑、松山市内の愛媛県護国神社内にあった歩兵第22連隊の碑。それに匹敵するものが宮崎県護国神社にもあるだろうと期待して。

宮崎神宮から歩いて2,3分、14時50分くらいに宮崎県護国神社に到着。

宮崎県護国神社

宮崎県護国神社は諸般の事情により創立が他県より遅れたらしい。どういう理由なのかな。

創立が遅れた宮崎県護国神社

台湾歩兵第一連隊の慰霊碑があった。

台湾歩兵第一連隊の慰霊碑

宮崎ブーゲンビル島戦友会の鎮魂の碑。ブーゲンビル島は現在パプアニューギニアの一部。「郷土部隊であった第6師団を基幹とした陸海軍部隊」が派遣され、約5,000名の宮崎県出身将兵が亡くなったとのこと。山本五十六が戦死したのもこのブーゲンビル島上空。

宮崎ブーゲンビル島戦友会の鎮魂の碑

大陸打通作戦で北京からバンコクまで踏破して、「日本一歩いた軍隊」と言われている第37師団の行動概要図もあった。

第37師団行動概要図

外にもいくつか碑があった。知らないことばかり。

蒸気屋 宮崎神宮東店

あまりに暑く、水分摂取のため近くの喫茶店っぽいところへ。そのついでにお店でタクシー呼んでもらおうと。

15時20分くらいに「蒸気屋 宮崎神宮東店」へ。

菓匠 蒸気屋

晩飯のことを考えて、アイスクリーム。試食として(揚げてない)焼きドーナツをくれた。焼きドーナツ美味しかったよ。

菓匠 蒸気屋のアイスクリームと焼きドーナツ

店の人にタクシーを呼んでもらおうとしたら、その人、窓から下を見て、そこに停まってますとのこと。あぁ、ちゃんとタクシー乗り場があるんだ。

30分位休憩したのかな。15時50分頃、タクシーに乗って、「禊の池」へ向かう。

禊の池

タクシー運転手が「私も東京いましたよ。転勤で2年おきくらいにあちこち行きましたよ」と言うから、「なんの仕事だったんですか?」と聞くと、日経の新聞記者だったと。でも、現場の元ブンヤなんてこの宮崎じゃ就職口ないから今はボケ防止も兼ねてタクシー運転手やってるんですよと。

「禊の池」はシーガイアの近くで、近くに見える高層ホテルはシェラトン・グランデ・オーシャン・リゾートらしい。なお、後日談だが、5ヶ月後、シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートを訪れることになる

2月のプロ野球のキャンプ時には、ソフトバンクホークスの1軍が泊まるホテルとのこと。2軍もそこそこいいホテルに泊まるらしい。「巨人は?」と聞いたら、巨人の1軍はソフトバンクの2軍よりもランクの下がるホテルに泊まるらしい(笑) どこどこのチームはビジネスホテルみたいなところとも聞いた。

宮崎神宮からタクシーで20分位、16時10分頃に「禊の池」に到着。江田神社の敷地内にあるらしい。江田神社の面積は宮崎神宮の2倍らしい。凄いね。というか、通ってきた道は江田神社の敷地内らしく、市が神社から貸してもらっているんだとか。

思っていたよりかはでかい池だった。睡蓮が咲く時期は綺麗でしょうな。ここには10分弱滞在。

黄泉の国から帰還したイザナギが黄泉の国の穢れを落とすためにこの池で禊を行うと、「様々な神が生まれ、最後にアマテラス(天照大神)・ツクヨミ(月夜見尊月読命)・スサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた」ということらしい。参考:イザナギ – Wikipedia

禊の池

平和台公園

次に何があるかよくわからない平和台公園に行ってもらう。

また、野球の話に。ソフトバンクの選手はみんな態度がしっかりしてると言っていた。恐らくそれは上が怖いからだろうと。逆に、巨人の選手は試合に出ていない無名選手でも態度がでかいらしいよ(笑)。野球の選手は有名だから大変だね。

「禊の池」から15分位、16時30分過ぎに平和台公園へ到着。植木の剪定をウィーンウィーンとやってる。

宮崎平和台公園1

この踏石の上で手を叩くと塔に反響してビーンという音がするらしいのだが、植木の剪定の音がうるさいので全然聞こえず。

宮崎平和台公園2

ん?

八紘一宇の塔1

「八紘一宇」ってこの時代に凄いね。

八紘一宇の塔2

裏へ回ってみると「紀元二千六百年」と書かれていた。この「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」、通称「八紘一宇の塔」は紀元2600年記念事業の一つとして建てられたらしい。紀元2600年事業とは、1940年(昭和15年)に神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝った一連の事業のこと。

紀元2600年記念事業としての八紘一宇の塔

GHQとかが真っ先に破壊を指示しそうだが、神武天皇のお膝元という事情で破壊されずに残っていたんだろうか?

後記:やはり、GHQの指示で、1946年1月に「八紘一宇」の文字は削り取られ、名称も「平和の塔」に改められたようです。平和の塔は1964年の東京オリンピックの聖火リレーの第二スタート地点となり、翌年の1965年1月に「八紘一宇」の文字が復元されたとのこと。なお、「八紘一宇」の文字は昭和天皇の弟=秩父宮(紀元二千六百年奉祝会の総裁)の筆で、「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」を設計したのは、彫刻家・日名子実三(ひなごじつぞう)とのこと。日名子実三は、八咫烏を意匠とする日本サッカー協会(当時・大日本蹴球協会)のシンボルマークをデザインした人物でもあるらしい。

16時までならより眺望の良い展望台へも上がれたらしいのだが残念。

平和台公園からの眺め

ここには25分位滞在。

ホテルに戻る。

すし 小料理 とみおか

ホテルに戻って、晩飯を食べるところを選定。食べログ評価1位の「一心鮨 光洋」ってところを予約しようとしたが、その日はお休みだったらしい。

[後記] 翌年の5月に「一心鮨光洋」を訪問することになる

別の寿司居酒屋を予約。昼間のチキン南蛮が効いていて、まだそんなにお腹減らない。

19時前に「すし 小料理 とみおか」へ。

すし小料理とみおか – 宮崎/寿司 [食べログ]

すし小料理 とみおか外観

ビールが旨い。刺し身で三点盛。量少なめでお願いと伝えた。さごち?さわらの幼魚がねっとりとしていて旨い。あと、甘エビが本当に臭みなく甘い。

すし小料理 とみおか刺し身

宮崎生まれ宮崎育ちの店主がいろいろ観光に役立つことを教えてくれた。

飫肥に行こうかと思ってると言ったら、飫肥城の大手門の中に小学校があるとか、おび天と甘い卵焼きが名物だとか。卵焼きはプリン並みに甘いらしい。マジか・・・

太刀魚の塩焼き。めちゃうまかった。これも量少な目でお願いした。

すし小料理 とみおか太刀魚の塩焼き

ご飯少なめでお寿司をお願い。キハダマグロ、アオリイカ、甘エビなどを6貫。ビールもおかわり。

締めて5,200円でした。リーズナブル。

ラバーズに

この「すし 小料理 とみおか」がある通りは中央通りという歓楽街。

宮崎・中央通り

実は事前にキャバクラ情報を調べていた。

知り合いの女の子が昔勤めていたという「ラムセス」、その子の友達が今も勤めているという「メンフィス」。2店は系列関係にあり、同じ系列(アルティメットサービスグループ)で全部で10店舗くらいあった。

料金を見ても、はっきりした違いは40分区切りか60分区切りかの違いがあるだけで、どこに一番かわいい子がいるのかわからない。

「ラムセス」で働いてた女の子によると、20代前半の女の子が多く働いているのは「ラウンジ」と呼ばれるところらしい。宮崎で「キャバクラ」というと、主としてピアノの生演奏が始まっちゃうような雰囲気の店のことを言うらしい。東京で言ったら「クラブ」みたいな。

事前にその系列10店舗のキャストの情報を調べて、ラウンジの「ラバーズ」か「ピアジェ」に行こうと予定していた。

その中でも、気に入った子が2人いる「ラバーズ」に行くことにした。お店の前まで来たら、看板がいかがわしい感じでちょっと受けた。

入店。指名の子はいますか?と聞かれたので、「フリーで来たけど、AさんとBさんと優先的につけてくれると嬉しい」と注文。来るまでの間にトイレに。トイレ出た時おしぼりくれた女の子がAさんだった。

色々話した。宮崎で可愛い子を見つけられてよかった。

辛麺屋桝元

ラバーズは比較的早く退店。

その宮崎出身の女の子が薦めてくれた「辛麺屋桝元」に。

辛麺屋 桝元 宮崎中央店 (からめんやますもと) – 宮崎/ラーメン [食べログ]

辛麺屋 桝元の外観

え、辛麺屋桝元、こんにゃく麺なの?中華麺も選べるよと言われたけど、蒟蒻がスタンダードで中華麺がサブ?

辛さは0から24まで選べたが、3辛に。

辛麺屋 桝元の辛さ選択

麺は中華麺も選べたがせっかくなのでこんにゃく麺に。

辛麺屋 桝元のこんにゃく麺

途中から汗がタラタラと滴り落ちる。

うーん、中華麺でいいんじゃない?

飫肥

2日目。前日はいつもよりは早く寝た。そのせいで午前中に起きることができた。以下のタイムテーブルで飫肥に行ってみよう。

日南線の宮崎-飫肥往復タイムテーブル

タクシーで宮崎駅まで。みどりの窓口的なところで日南線のきっぷを購入。

弁当を買いたかったが、ボックス席があるかどうか分からなかったので買わずに改札内に。実際の車両見たら、ボックス席があって、しかも空いてたので改札出て、チキン南蛮ともも焼きの入った日向鶏弁当を買った。

12時15分発のJR快速日南マリーン号・志布志行き。

JR快速日南マリーン号・志布志行き

炭火焼きもチキン南蛮も旨い!

日向鶏弁当

青島駅付近で、進行方向左手に、鬼の洗濯板を一瞬だけど見ることができた。

Twitterやったりしてたらすぐに飫肥駅に到着。途中、電波が悪く接続できないところがあった。

飫肥駅。のどかな駅だ。

飫肥駅

強い日差し。駅のトイレ前の鏡見ながら、日焼け止めを塗りたくる。

タクシーに乗って、飫肥城下町へ。

暑い!

飫肥城大手門で下車。タクシーで来た道を振り返る。趣きのある通りだ。飫肥城下町は九州で最初の国の重要伝統的建造物群に選ばれたらしい。

飫肥の重要伝統的建造物群

タクシーで陸奥宗光の生家を素通りしたので、そちら方面に戻る。

水路に鯉が泳いでいて驚いた。来る途中で見た川も綺麗だなと思っていたら。

飫肥の水路の鯉

小藩の飫肥藩が生んだビッグネーム「陸奥宗光」の生家があったところ。

暑いので、日陰に入りながらググったりしていた。

陸奥宗光の生家跡

飫肥城大手門前にある「おび天蔵」。小村寿太郎の父・小村寛が総代人を務めたという「飫肥商社」の建物を改修したもの。江戸時代は飫肥藩役所の物産方の建物としても使われていたらしい。

おび天蔵外観

おび天蔵の2階。

おび天蔵2階

飫肥城の大手門(1978年に復元建設されたもの)を入場。

飫肥城大手門

しあわせ杉。4つの角にある4本の杉の対角線上の中心に立つと幸せパワーがもらえるそうだ。

飫肥城しあわせ杉

子供の声が聞こえる。昨晩の寿司屋「すし 小料理 とみおか」で聞いたとおり、大手門を入った城の中に飫肥小学校があった。

飫肥城内にある飫肥小学校

松尾の丸。建物の設計・監修は豊後岡城や京都二条城を参考に故藤岡通夫博士が行ったとのこと。松尾の丸の昔を伝える資料は一点も残っていないため、復元ではありませんとのこと。

松尾の丸

建物的には面白くなかったが、飫肥城の歴史、伊東氏の歴史の紹介は勉強になった。

ISY48。伊東(I)三位入道(S)義祐(Y)48。伊東家全盛時代に支配した48ヶ所の城を称する造語だそう・・・

ISY48

伊東氏が一時期、河野水軍を頼って道後に身を寄せていたとの紹介があった。

道後での伊東一族の暮らし

飫肥城の旧本丸、今は杉があるのみ。

飫肥城本丸跡

本丸はその後、現在、飫肥小学校がある場所に移動したらしい。

本丸跡がある高台から見た飫肥中学校の校庭。

飫肥中学校の校庭

飫肥城歴史資料館へ。

飫肥城歴史資料館

初代飫肥藩主・伊東祐兵が着用したとされる甲冑があったりして見応えがあった。甲冑に施された伊東家の家紋「九曜紋」の星の数は9。

初代・祐兵、二代・祐慶の時代に使用されていた九曜紋の星の数は9個だったのに対して、三代・祐久からは星が10個用いられているという。

これは、同じ九曜紋を用いる細川家が54万石で熊本城に入部したため、混乱を避けるために、5万1千石の小藩・伊東家が遠慮して星を一つ増やして十曜紋にしたということらしい。なにげに悲しい歴史。

なお、細川家の九曜星紋は後にデザインが変更されます。板倉家の「九曜巴」紋と間違えられて、藩主が殿中で斬りつけられ、絶命するという事件が発生したから。

城内で遊ぶ子供。

飫肥城内で遊ぶ子供

時刻は15時30分過ぎ。帰りの電車は16時32分。時間があまりなかったが武家屋敷通りへ。こちらも趣きのある通り。

飫肥の武家屋敷通り

小村寿太郎の生家が移築されて保存されていた。

移築された小村寿太郎生家

藩校の振徳堂の門。右側は寮長の間、左側は番小屋。小村寿太郎も学んだらしい。

振徳堂の門

振徳堂の玄関。

振徳堂の玄関

ここは素読の間。

振徳堂の素読の間

振徳堂は西南戦争で飫肥隊(西郷方)の兵站部となったらしい。

大急ぎで田ノ上八幡神社へ。

田ノ上八幡神社の鳥居

天正16年(1588年)、伊東祐兵が飫肥に入城した際に記念に植えたと伝えられるクスノキ。巨大過ぎて、画角の狭いiPhoneカメラじゃ収まりきれない。

田ノ上八幡神社のクスノキ

神殿は神事の時以外は使われていないらしくボロボロだった。

田ノ上八幡神社の社殿

さて、早歩きで帰ります。

オビダラリーという飫肥杉の商品を扱ったお店で飫肥杉の箸を購入。

オビダラリー

時間があれば、武家屋敷通りにあったこのようなカフェに寄って足を休めたかったが。

飫肥城下のカフェ

案内所に戻ってきて、タクシーを呼んだのが、16時23分。
飫肥駅発の電車は16時32分。間に合うかギリギリ。

なんとか滑り込みセーフ。後数分遅れてたら1時間待つか、タクシーで帰らざるを得なかった。

飫肥駅

飫肥から宮崎への切符

宮崎駅到着後、急いでタクシーに乗り、ホテルへ。急いで帰り支度をして、空港へ。

空港へ向かうときに乗ったタクシー運転手は、以前は国会議員の秘書をやっていたらしい。元秘書ということで、秘書を辞めた後はコネで農協に勤めていたらしいのだが、農協を辞めてからはボケ防止のためタクシー運転手をやっているらしい。昨日の元日経新聞の記者と同じだな。

安倍ちゃんは馬鹿だと嘆いていた。

ソラシドエア運航便のNH3764の普通席

帰りはソラシドエア運航便のNH3764の普通席。

ソラシドエアの機材は初搭乗。

非常口席を取ったが、前に荷物を置けず、隣の空席に荷物を縛り付けることもできないとのことで、前後にもかなり空席があったので移動した。

ソラシドエア

次の修行記は以下になります。

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