ANA SFC修行 (6) 後編 松山-羽田(NH598)プレミアムクラス

[記事公開日]2015/07/21
[最終更新日]2017/12/10

ANA SFC修行6回目は、熊本、松山への旅です。

後編です。最終3日目の松山巡りの様子をお伝えします。

初日、2日目の旅行記は以下をご覧ください。

陸軍歩兵第22連隊の史跡を求めて、愛媛県護国神社へ

松山城の北にある愛媛県護国神社へ。愛媛県護国神社には、松山城三の丸(堀之内)に兵営があった陸軍歩兵第22連隊に関する史跡があるらしいので、それを見たかった。

先月、山形に行き、山形城跡の霞城公園内で陸軍歩兵第32連隊の碑を見かけた。陸軍歩兵第32連隊は沖縄戦では第32軍の第24師団隷下で「嘉数の戦い」などに参加したらしい。昨年、嘉数高台に行ったから、山形と沖縄が繋がった瞬間だった。

今回、松山に行くにあたり、松山城跡にも歩兵連隊が組織されたんじゃないかと調べたら、やはり、松山城に歩兵第22連隊が結成されていた。そして、その松山歩兵第22連隊、山形の第32連隊と同じく、第24師団隷下で「嘉数の戦い」にも参加していたらしい。適当に訪れた山形、松山、沖縄が自分の中で繋がった瞬間だった。

鳥居。

愛媛護国神社入口

由緒が書いてある。戊辰戦争から太平洋戦争までの殉難者、公務殉職者(自衛官・警察官・消防職団員)に加えて、松山城初代城主の加藤嘉明、俳人・正岡子規、伊予絣の創始者・鍵谷カナも御祭神とのこと。

愛媛護国神社の由緒

歩兵第22連隊の記念碑的なものはどこにあるのかな?と思ったが、社殿の裏側のあまり目立たない位置にあった。石柱には「県会議長渡部高太郎氏沖縄軍旗捧焼ノ土奉納」とある。

歩兵第二十二連隊記念之碑

石柱と歩哨舎。

「松山歩兵第22連隊は明治17年2月7日創設以来、最精強とうたわれた。この石柱は終戦まで60余年歳月の中に日本の盛衰をみつめながら幾多の将兵を送迎した由緒あるもので陸上自衛隊松山駐屯地にあったが愛媛縣護國神社に移設し、その栄光をたたえつつ永久に保存することとなった。平成13年10月1日」

石柱と歩哨舎

離れた場所に「忠魂碑」。

歩兵第二十二連隊忠魂碑

松山城にちなんだ歩兵第22連隊歌も刻まれていた。

「名将加藤嘉明が 築きし砦(とりで)勝山の 緑りの色に包まれて 五條の訓(おしえ)畏みつ 生死を共に益荒男(ますらお)が 軍(いくさ)の道に励むなり」

歩兵第22連隊歌

歩兵第43連隊の慰霊碑もあった。

歩兵第四十三連隊慰霊碑

碑文には、

「昭和十三年松山歩兵第二十二聯隊は松山より満洲西東安移駐した後第二十四師団に編入された為昭和十五年二月以降愛媛の若人は徳島歩兵第四十三聯隊等に入隊した。同年より聯隊は満洲第七一二部隊又は錦二四三五部隊と呼稱された。昭和十九年第三大隊の六一七名は大宮島(グアム島)に分遣され同年九月末米軍との熾烈な戦いに於いて玉砕し其のうち一六四名は愛媛県出身者であった。」

とある。

歩兵第四十三連隊碑文

この他にも満州開拓者殉難碑、鯨部隊歩兵第234連隊の慰霊碑、歩兵第122連隊南洋第一支隊の忠魂碑、極東国際軍事裁判で亡くなった殉国二十二烈士之碑、シベリア抑留者慰霊之碑、海軍戦没者慰霊碑、雄飛予科練鎮魂の碑などがやはりひっそりとあった。

神社に入ってすぐ右の目立つところには陸軍大将秋山好古謹書の「天壌無窮」の石碑があり、日露戦争の勝利から太平洋戦争の玉砕までの歴史を考えざるを得なかった。

秋山好古天壌無窮

神社前を流れる川の水は澄んでいた。

愛媛県護国神社前の小川

陸軍歩兵第22連隊の兵営があった松山城の堀之内(三の丸)へ

護国神社前でタクシーを拾い、「松山城の堀之内へ」と伝えたら「堀之内で何かされるんですか?」と。堀之内に陸軍歩兵第22連隊の史跡か何かあるらしいので向かうと伝える。高齢の運転手、昔は陸軍の兵舎があったらしいねぇとか、今は公園になってるけど昔は野球場と競輪場があったとか、伊丹十三は松山東高校出身でとか、松山には古い道後温泉くらいしか観光名所がなかったけど温泉なんてどこにでもあるでしょ、城もね、最近、秋山兄弟とかの観光資源ができてよかったとか言う。

「司馬遼太郎に感謝ですね」と言ったら、「あぁ、あれは司馬遼太郎が書いたの?」と。えっ(笑)

松山城三之丸の説明書き。

松山城三の丸(堀之内)の説明

江戸時代の松山城はこんな感じだったらしい。

江戸時代の松山城三の丸(堀之内)

現在は芝生の広い憩いスペースに。女子中学生が楽しそうに過ごしてた。

現在の松山城三の丸(堀之内)

時間があったので二の丸に向かってみる。

松山城二の丸へ1

松山城二の丸へ2

二の丸から三の丸を見下ろす。

松山城二の丸から三の丸の眺め

二之丸史跡庭園は16時30分で閉園だった。

松山城二之丸史跡庭園

二の丸から本丸に行くルートは2つ。一つは黒門登城道(古来より殿様が登城した道)、もう一方は県庁裏登城道。県庁裏登城道を行くと日本一の長さを誇る「登り石垣」が見られるらしい。山の斜面に石垣を築く「登り石垣」は全国にも数例しかないらしい。

松山城黒門登城道と県庁裏登城道

こっちにいくと登り石垣が見られるのね。今度の課題。

[後記] 9月に松山を再訪して、県庁裏登城道の「登り石垣」を見ることができた

松山城県庁裏登城道

NH598(松山-羽田)プレミアムクラス

宿泊地の松山全日空ホテルまで歩く。その後、タクシーを拾い、おみやげを買いに銀天街のナカヌキヤに。サボンのボディスクラブを買う。

ナカヌキヤ松山銀天街店

ホテルに戻り、急ぎ支度。

タクシーで空港へ。乗車中に羽田からの定額タクシー(kmタクシー)を予約。

松山空港でおみやげ購入。起きてから何も食べてない。プレミアムクラスの機内食が待ち遠しいな。今日はあさりご飯らしい。大好き。

NH598のPremium Gozenのメニュー

松山空港の保安検査場は例によって大混雑の大行列。LCCが就航したのに、保安検査場は従来通りの3つしかないので完全にキャパオーバー。

機材遅れで19時35分出発の予定だが、保安検査場混み過ぎで機内に入れたのは19時32分だった。

機材は777。荷物を前の座席の下に入れられるタイプの席だったのでよかった。お土産とか買って荷物多かったから。私は背が低いので天井が高い機材だと荷物置きに入れた荷物が取りづらいことがある。

NH598のプレミアムクラスの席下荷物置場

ノイズキャンセリング・イヤホンをして、しばらく旅行記を書いてた。

お待ちかね機内食。バクバク食べる。

壱ノ重
 しらすと法蓮草のお浸し
 海老の旨煮
 鯖の竜田揚げ
 コーン揚げ
 玉子焼き
 豚のしょうが焼
 はじかみ
 青唐の煮浸し
 裏巻き寿司
 ピリ辛胡瓜
 山ごぼう漬け

弐の重
 あさりご飯
 しば漬け
 煮物(鰆吉野煮、人参、桜麸、筍、菜の花、百合根)

合計578kcal

NH598のPremium Gozenのあさりご飯

NH598のPremium Gozenのおかず

食後の珈琲を頼んだら、スターバックスのコーヒーだった。3年くらい前からそうらしい。比較的美味しいコーヒー。いわてまり(岩手県産干しぶどう味)が付いてた。おいしい。

NH598のプレミアムクラスのスターバックスコーヒー

次の修行記は以下になります。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ